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石さん鎌倉物語(ブログ)

鎌倉の寺社巡り

源頼朝によって形作られた鎌倉の街。頼朝は伊豆で源氏の復興を計画し、一時期は千葉へ逃れたが多くの源氏の仲間達、有名な義経たちの助けもあって、鎌倉に幕府を開き、この地に政治の拠点を築いた。その拠点となる建築物が多くの寺社仏閣であり、頼朝をはじめ多くのこの地を治める人々の住居であり、政治の場であり、祈りの場であった。そこには多くの物語があって訪れる人々に古のロマンを投げかけています。

北鎌倉~鶴岡八幡宮へ

北鎌倉の駅に降り立ったのは梅雨の晴れ間のある日。感染病の影響で人出が少ないのではと思い訪ねてみましたが、なぜか、以前とあまり変わらず、それなりのひとでがありました。遠足なのか旅行なのか学生のの集団も多く、そこへ若い女性たちと、恒例のおじさんたちがちらほら。鎌倉の街はいつも人であふれています。

北鎌倉 ➡ 

浄智寺

北鎌倉から約2時間。散策にはちょうど良い行程ですた。天気も良く、楽しめました。

    江の島探検

今日は江ノ島の探検です。江ノ島は結構古風です。神社がいっぱいです。もともと信仰の島だったせいかもしれませんね。
江の島の入り口を右に行くとヨットハーバーです。今度、オリンピックの会場になります。多くの人々が訪れるでしょう。楽しみです。
島探検は神社巡りと、シーキャンドルです。灯台の周りにはコッキング苑があってレストランとか庭園があります。特に冬の灯台と庭園はライトアップされ夜の散歩を彩ります。

弁天橋~岩屋へ

弁天橋を渡り人通りの仲見世を抜けると正面に朱の鳥居が出迎えます。江ノ島神社の入り口です。これより島の頂にある灯台までひたすら山登りです。途中、見晴らしもいいし、参拝できる神社仏閣も多いので退屈はありません。灯台では一休み。レストランでお飲み物でもいかがでしょうか。
さらに奥へ、江ノ島神社の奥津宮から急な階段を降りると洞窟のある岩屋へ到着です。この場所こそ江ノ島神社の本命です。今日の健康のお願いをしてください。
帰りはまた急な階段を登ることになりますが熱中症にはご注意を。正直たいへんです。
そんな方に洞窟を出たところに連絡船の乗り場があります。400円で弁天橋までチョットクルーズ。
体力に自信のない私も、残念ながらクルーズを楽しみました。

弁天橋➡

 

江の島は結構広い。食事を楽しんだり、お参りしたり。丸一日の行程でした。
※猫が多くいます。出会いが待っています。

  江ノ電

本名、江ノ島電鉄。江ノ電の愛称で親しまれる鎌倉~藤沢間を34分で走る単線電気鉄道です。明治時代の創業以来湘南の海を今日も走っています。鎌倉~藤沢間には15の駅がありますが、現在は12分間隔で運転していますので皆様を待たせることはありません。車両は昔からのライトグリーンとクリーム色のツートンの他、パープルのレトロタイプ、ブルーのレトロ、この頃は賑やかな情報発信タイプなども走ります。どんな車両に巡り合えるか楽しみです。鎌倉~江ノ島間の車窓は見どころがいっぱいで飽きることはありません。割安な一日乗車券を利用して各駅停車で見学もお勧めです。


 江ノ電沿線散歩

江ノ電に乗ってしまうと江ノ電は楽しめません。江ノ電は見るもので乗るものではありません。江ノ電と鎌倉~江ノ島の風景は互いが一体となって、訪れる人々に思い出のベストショットを残します。
あなたと、誰かと、江ノ電が風景を彩ります。
 江ノ電の駅の間隔は電車なら一分か二分。散歩するには丁度いい距離です。駅と駅の間に湘南鎌倉の街並みと歴史、思わぬ発見があります。そして、疲れたら江ノ電に乗ってください。

鎌倉➡

さすがに鎌倉~江ノ島までは歩くことが出来ませんでした。長谷~極楽座までは電車のお世話になりました。極楽寺に降り立つと、この町は鎌倉とは一味違う風が吹いてました。

 小町通り

小町通りは今日もにぎやかです。昔は瀬戸小路と呼ばれ、鎌倉駅の東口前左手の大きな赤い鳥居をくぐったところから横大路の鉄の井までの600mの商店街です。鎌倉駅から鶴岡八幡宮へ行くには、ここを行くか先の若宮大路から行くのが一般的で、どちらかと言えば小町通りのほうが商店の数は多い。ただ、桜の季節は段葛の桜並木見物で若宮大路行く人が多くなる。
一般的に観光客は往路復路のどちらかは小町通りを楽しむようです。

小町通り入口➡

 

久しぶりの小町通りでした。時期的に人出は少ないのではと思いましたが、天気が良かったせいか、何時も道理の人出です。特に若い人が多く、いつものようにブラブラ歩きでした。ただ、一つだけ気になったことがあります。それは、いつものお店がなくなっていたり、定休日でもないのにシャッターが下りていたりしたことです。小町通りはグルメのお店が多いと思っていましたが、なんだか和洋品店に代わってしまったような気がしたことです。
小町通りはお店の入れ替わりが多く、半年で撤退する店もあると、老舗のおかみさんの話です。

小町通りには、いつもの賑わいがありました。カップルもいっぱいでした。初夏光の中に素敵な若人がかがやいていました。おもわず、気持ちが弾みます。

   政子は神だった…鎌倉幕府と政子  

政子と頼朝との出会いは❓

それは、頼朝がまだ伊豆に流され、伊藤祐親の屋敷で配流生活を送っていたころ、流人の身とは言っても京の貴族の生活と同様に、毎夜、女性のもとへ夜這いする生活を送っていた。

① 伊藤祐親の娘・・・・千鶴

② 良橋太郎入道の娘・・亀の前

そして 北条時政の娘・・政子・・・他の娘と同様に頼朝が政子のもとへ忍んで行ったところ・・・

政子は他の娘達と違っていた。

此のころの夜這いと言えば、娘達は男が訪れても言葉も交わさず顔も見ない、ただ行為を行うのみの味気ないもの。

政子は違った。

男と会話を楽しみ二人の時間を大切にした。頼朝と政子は相思相愛の仲となった。

ところが・・・

 

 

政子は頼朝と駆け落ちをした。

ところが、平氏を恐れた北条時政は、政子を山本判官兼隆の元へ嫁として送り付けてしまった。

政子は負けない。

治承4年 春の嵐の夜、政子は伊豆韮山の山本半官の元を抜け出し、伊豆山権現に身を隠す頼朝の元へ逃げた。

頼朝はこれを機会に山本判官を攻め滅ぼし、平家追討の旗揚げを開始する。

 静御前は幽霊なのか・・・義経と静御前

静御前は吉野川で幽霊になる

吉野の山で義経と別れた静御前は、吉野の僧兵に捕まり鎌倉へ送られる。

鎌倉で頼朝の前で舞をまうようにされ、一人舞い出た静は、

「しずやしず、賤のおだ巻繰り返し 昔をいまに なすもよしなし」

「吉野山 峰の白雪踏み分けて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」

と、謡った。

本来なら死罪に成るところを政子に助けられたが、京に戻りその後義経の死を知り、奥州に旅立ち、途中、

郡山で病死したと言われる。

いよいよ幽霊に

吉野川のほとり、菜摘女の前へ静の幽霊が現れ、私の罪業を回向してほしいと言う。驚いた女は神職に話をしたところ、神職は本当に静なら舞の名人。舞を見せるように言ったところ、蔵にあった衣装を着て舞を始めたと言う。

そして、武士の世の無常を嘆き回向を願ったと言う。